16、水鳥は水面下で
今の私を見て、よく言われる事、「英語が出来て、いいですね!」 しかし、自然に、英語が話せるように、書けるようになった訳ではない。 帰国子女の方々でも、幼い頃、日本語を話す親と共に、英語を学習し、イングリッシュ・スピーカーと成る。 また、時々、こうも言われる。 「英語を教えて下さい。」 私は、いつもこう答える、「指導は喜んでさせて貰うが、学ぶのは、君自身だ。」 水鳥は、水面下で、懸命に脚で水をかいていること、これを覚えておいて欲しい。 私の経験から言える事、それは、外国語を身に付けるには、真の必要性を理解し、興味関心を持ち続け、自分で進歩が感じられなくても焦らず、毎日、少しづつでも、学習を続ける・・・ 外国人とのコミュニケーションが、自分の世界を広げてくれる事、その喜び、楽しみを実感すれば、必ず、ブレイクする日が来ること、これは、私が保証する。 また、外国語を勉強すると、言語の大切さを知る経緯において、母国語である「日本語」を、より丁寧に、より正確に使うようになる。
15、24時間英語
海外からの顧客の日本滞在が、長い時は数ヶ月になる場合もあった。 彼等との会話が楽しいので、毎晩、一緒に夕食に出かける。 外国人と食事に出かける場合、彼等の為に、色々とレストランに聞かなくていけない場合が出てくる。 メニューに対して、どういう味なのか、何が使われているのか、ボリュームは・・・? 分からない事、知りたい事、これを外国人の為に、ドンドンと聞く。 これは、今でも私の良い習慣と成ってくれている。 料理を提供する側も、それを受け取る側も、納得して食事を楽しむ、多くの日本人は、海外で、まずこういう事をしない。 結果、出てきた料理を見て、ガッカリしたり、驚いたりして、時には、帰国してから、その地のファンが集まる掲示板に、書き込んだりするようだが、メニューを見て、それが把握出来ない場合、もっと内容を詳しく知りたい、そういう場合は、ドンドンと聞くべきである、確認するべきである。
14、大先輩Sさん
英語の大先輩Sさん、既に定年でリタイヤーされたが、今でも恩は忘れていない。 Sさんには、英語だけでは無く、Sさんが経験された海外駐在の話、仕事に対する姿勢など、さまざまな事を教えて貰った。 Sさん、マーク、そして私と3人で、良く飲みに行った、また、私の家に、そして、マークのマンションにも、遊びに行ったものだ。 あの2人のお陰で、今の私がある、こう言っても、全く過言では無い。 外国語の習得には、「必要性」、そして、「環境」が大切であるが、私は、この両方に恵まれていた。 マークと一緒に行動する事が多かった私、ある夏の日、マークから、「七夕とは、何・・・?」という質問を受けた。 なるほど・・・ 我々日本人が昔から慣れ親しんでいる習慣、行事、確かに異国の人には、不可思議な、理解出来ない事に映るだろう・・・ これをきっかけに、日本の童話、昔話を、マークに英語で説明する、そういう、一種の「お遊び」を始めた。
13、通訳業務
マークは、親友であり、同時に私の英語の恩師だ。 私の経験から、これから英語を再勉強を、と考えてる人には、「英作文」をすること、それを、上級者にチェックして貰い、正しくて、伝わりやすい英語を身に付ける、これをお奨めする。 また、当時の私の業務として、通訳業務もあった。 ある日、顧客のブラジル人、ご一行が来日した。 私の、本格的な通訳デビューであった。 通訳デビューにあたり、英語の大先輩Sさんに、「万が一の為、会議に同席して貰えませんか・・・?」と、お願いした。 「分かった。 が、俺は、一切口を挟まない。 全部、お前さんが通訳しろ。 もし、間違った通訳をしたら、その時だけ俺が口を挟む。」 Sさん、会議のテーブルについた私の背後に、腕を組んで立っている・・・ 背中に汗をかく思いというのは、ああいう状況を言うのだろう。 緊張もあり、最初は、たどたどしい通訳であったろう。 しかし、途中で、度胸が据わり、楽しんで通訳する事が出来た。
12、マーク
無論、私への英語指導など、本来の彼等の業務では無い。 しかし、私は、毎日毎日、Sさんの、そしてマークのデスクに、私の英文レターを持って行く。 後半は、主にマークが添削をしてくれた。 マークが、赤いペンで、修正してくれる。 添削をお願いするにあたり、私が心掛けたのは、先ずスペルミスをしない事。 スペルチェックをお願いするのは、あまりにも失礼、なので、辞書を使い、単語のスペルの正確さには、気を使った。 ここでまた苦言であるが、英語の下手な人に限って、辞書を使わない。 現在、Staffが私のところに、「こういう単語で良いでしょうか?」と、英単語を聞きにくる事がある。 「辞書で調べてたの?」と聞くと、「聞いた方が、早いと思って・・・ 調べてません。」 これは、英語を学ぼうとする姿勢としては、決して誉められない。 仕事でも勉強でも同じだ、先ずは自分で出来るトコロまで自力でする、こういう習慣の無い人は上達もしないし、可愛がられもしないし、適切な指導も受けられないだろう。
10、新天地
転職を決めるまでには、半年、悩んだ。 その小さな会社では、それなりのポジションであった私、育てた人材も、慕ってくれるStaffも、少なからず居た。 後ろ髪を引かれる思い、私が抜けて大丈夫だろうかという心配、非常に悩んだ。 毎晩、悩んだ。 しかし、夢には勝てなかった。 会社を去る当日、Staffから花束が贈られた。 「私たちを、忘れないで下さいね!」 身勝手な振る舞いと思っていた私に、仲間達は、後日、送別会まで開いて、私を激励してくれた。 「新天地でも、頑張って下さい!」 こうして、私の再スタートが始まった。 新しい会社では、主にブラジル案件、中国案件の、2つを任された。 この転職先で、顧客の窓口であった商社から派遣されていた、英語のベテランで海外滞在の豊富なSさん、そして、アメリカの顧客から、技術交換要員として派遣され、日本に滞在していた、ボールドウィン夫妻に出逢う事となる。